えじゃないか、えじゃないか。

主に映画と競馬についての内容を。 競馬については、大穴狙いの重賞、狙いレース配信。 映画については、外れの映画をうまく引き当てれるような 見方について書いていきます。

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我、拗ね者にしてその生涯を。

早いもので、海外から帰国して1年が経った。
振り返ってみればこの1年、取り憑かれたように映画を観て、本を読んだ。
本数を挙げることに意味はなさいと思うので、割愛するが
映画なら、ドキュメンタリーを中心に、書籍なら、ノンフィクションを中心に、
沢木耕太郎、後藤正治、佐野眞一、辺見庸をイチから読み返し、
本田靖春、野村進、高野秀彦、溝口敦、石井光太、松本仁一、永沢光雄辺りをよく読んだ。
特に本田靖春、野村進、両氏の本は熟読したように思う。

ここまで列挙したのは、アジアをプラプラしている時に自分にとって、映画と本を嘱望したからで、
旅行時に実感した「自分に必要なもの」ということを本能的に求めた結果なのかもしれない。

先日、仕事で大きなポカをやらかした。自分の慢心がもらたしたミスだった。
その際に「知識というのは、経験が伴うもので、何かを通して頭に入ったものは情報。そこを全く理解していない」とキツイお灸を据えられた。
振り返ってみると、我ながら意味をなさない捻くれた生き方をしてきたせいか、なかなか浅はかな考え方をしてきたものだと思う。
ここ1年「自分の言葉で話す」「経験をしていないことは話さない」という意識は徹底して持ち続けてきたつもりだが、今回のことで本当に浅はかな意識でしかなかった
ということを思い知った。
”かもしれない”ということは書けないというルールは、インターネットの発展により、誰にでも自分を発信できるという環境のため崩壊されつつあるが、
この点に関しても、結局は発信する側のモラルや感覚によるところが大きいように思う。

今回の件や今までを冷静に振り返ってみても、自分が優れた感覚の持ち主ではない、ということは理解できた。
だが一方では、訓練や周りの環境によって「感覚」は改善されると確信している。ナチュラルな才能と言うのは、どの世界でも何年かに1人の割合でしか生まれない、
ということ位は理解できるようになったし、今までは経験がなかったので、背景を見て想像する目が欠けていた。
感覚がないなら、優れた感覚を持つ人の20倍、30倍、100倍、自分の脚で歩き、見て、たくさんの人に会うしかないとも思う。
今の自分の仕事の大半を占める、何がオシャレ、何が美味しい、人の良い部分の紹介、何が凄かったと、いう内容なら”良い部分だけ”に焦点を当てることが
メインとなるので、今の感覚でもそれなりにはやっていけるかもしれないが、本質を見る、という点では現状ではお話しにならないとも思う。

沢木耕太郎が著書で、「旅に出るのは、早すぎてもいけないし、遅すぎてもいけない。」と表現していた。
4月から実費で、あるテーマを追って南米諸国に取材に行く。今回は、本当に自分にとっていいタイミングではないかと思う。
当然ながら、日本での取材と比較しても海外での取材は難しい。
語学、風土に対する理解、その対象者の背景に対する理解、協力者の少なさ、自分の頭の編集能力など、挙げればキリがない。
だからこそ、自分にとって意義があるし、今回のことが自分の血肉となるような意識で臨みたい。
5年後何をしているかわからないが、25~27歳までの間が、人生の中で大きな転換期になる、という半ば確信に近いものを近頃感じる。
自分は、男性でも女性でも内容、職種に関係なく、仕事を一生懸命している人が好きだし、生きる上で必要な感覚だと考えている。仕事ができる、ではなく。
必死にならないと、見えないものが必ずあるし、最近を思いかえしてみると何を勘違いしてか、常に50%程度で物事に向き合っていたように思う。1度壊してみるくらいでいいのかもしれない。
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先日お会いした難病と戦ってらっしゃる方の一言「病気のことは病気になってみて始めてわかる。」
という一言に、人生の大切なことがすべて凝縮されていると思う。
以下に知り合いのカメラマンが言っていた言葉を紹介したい。
「キレイな写真と言われても、嬉しくない。こんな顔が撮れるんですね、と言われるのが1番嬉しい」
このコトバ、今なら少しだけキリとって理解できる気がした。

今回暫く、海外に行かせてもらえる自分の環境、周りの方々のご協力に心から感謝したい。
幸いなことに、周りに自分の間違いを正してくれる人達や、成長できる環境がある。
よく、人脈も含めて実力、と言われるが自分の場合は、ただただ運が良かっただけだったと思う。だからこそ命だけには気をつけて、存分に南米を楽しみたい。

残念なのは、何よりの楽しみにしている「ゴットタン」と「女子アナの罰」で古谷有美が見れないこと。
「踊れる人」と「何もないところから絵を書ける人」は人間が持ちうる最高の能力だと思っているので、その尺度で見るとブラジル辺りは最高に楽しめそうです。
読み返してみて、珍しく感情が優先されて、構成のまとまりが欠片もなかったので最後に一言だけ。
自分に正直に生きたい思う。
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  1. 2013/03/31(日) 00:27:27|
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ある飲み屋の、ある女将。

水曜日の深夜の3時。珍しい人からの着信で、少し嫌な汗が出た。フロム東京トウ大阪。
声の主は、取引先の偉いさんで、電話越しにもへべれけ感が伝わってくる。何でも今週大阪に出張に来ていて、
ミナミの飲み屋で、一悶着あったらしい。
「大阪にとんでもなく苛つかせられた飲み屋の女将がいる」開口一番の言葉で、30分の電話の内容はすべては凝縮できるものだった。自分と相手の温度差を感じながらも、話しの内容に大いに興味を持った。

自分は過去に5回ほど、所謂クラブというところに連れて行ってもらったことがある。
その際感じたことは、”プロフェッショナル”の一言に尽きる。
話しの内容、聞き方、ボキャブラリー、相手を観察する眼。
OLがランチに何を食べる、スタバやオシャレなカフェがどうこう、と言っている
ような華やかな世界ではなく、ある意味で殺伐としたものを感じたことを記憶している。
仕事に打ち込む姿勢には、一種の感動すら覚えたものだ。
性格的に身の回りのことは、親しい友人にも親にも話しにくい。これと言った理由はないが、単に恥ずかしいのだ。そんな時、飲食店や飲み屋という”金銭”というフィルターを通した存在は、非常に有難い。
俯瞰でみて、自分の話し何となく聞いてくれるので、精神的に厳しい時は近所の飲食店で話し込むことにしてい。閑話休題・・・

兎にも角にも、クラブで、しかもママが”顧客”を苛つかせるということが想像がつかない。
よっしゃ、行ってみようか、ミナミ。安い挑発に敢えてのってみよう。

大阪はミナミ。格別好きというわけではないが、気がつけば味園ビルや、なんば裏などでよく飲んでいる。
どうも遺伝子レベルで、ミナミのお雰囲気が好きなんだと、思い込むことにしている。今回の聞いた店の名前は伏せたい。仮で”みずき”と以下で呼ぶことにする。

実際、行くにあたって問題となるのは2点。
純粋な金銭面と、自分のような若造が1人で飲んでてもほぼ100%ママは横についてくれない、という
過去の経験で何となくわかった夜のルール。
お金を払う、という行為は、その金額に対して自分が満足した対価として支払うもの。
その計算で換算すると、1件で5万近い金額に対して自分が満足するとは考えにくい。
解決策として、知り合いの飲み好きの社長に連絡をとってみた。悪ノリが好きで、好奇心旺盛。
2つ返事で、店に向かうことになり、第一段階はクリア。

金曜日の21:00頃。社長と合流し、ミナミへ。正直、今回はスポンサーがいるので、金銭的な心配はない。
だが、ゲストとして社長の動向を気にしながら、ママの人間性に迫らないといけない。
考えただけで、面倒くさくなってきた。そんなこんなで、”みずき”に到着。

お店に入ると、ママのお出迎え。正直驚いた。ルックスが天海祐希似の美人。凛としているが、
尖っているという印象はない。社長はいきなりの上機嫌。とりあえずの一安心。

ウィスキーを水割りで飲んでいると、15分ほどしてヨコに女の子がついた。
どうも話していると、韓国から来た大学生のようだ。普段年下の女性と話すことに慣れていない自分は、
緊張して、あることないことを話したて、ピエロ状態に。悪いクセが出て、恥ずかしさを紛らわすため、
ピッチは急上昇。それにしても、こんな下らない話しを聞いてくれるとは何ていい子なんだ。
自分の人間の小ささを感じながらも「来年からスペインに住む予定なんです。うえい、うえい!!」などと
身辺の話しも漏らしまくりで、かなりご機嫌になってきた。

2時間をすぎる頃、お客さんはひき、店内には自分達だけとなった。満を辞して、ママ登場。
30分くらい経過したところだろうか、「このババアに引導を渡してあげるのが自分の仕事だ」
と訳の分からない思想が頭を過り始めた。

このママ、すべての物事を決めつけにかかるのだ。つまり”感応力”が欠落している。
先日胸を打たれた出来事があった。ある新聞社の役員の方と呑む機会を設けてもらった。
その際に、レイチェル・カーソンの話しを引き合いに出し、”感応力”自分で考えて、行動することの大切さを説かれた。実際に事件や、取材対象を見る時に大切なもので、これは生まれつきの要素と、鍛えられば
あるレベルまでは持ってこれるという話しだった。

それ以降、沢木耕太郎は「一瞬の夏」でなぜカシアス内藤を描きたかったのか、佐野眞一が東電OL殺人事件に
執着したのは何故か、森達也はオウムでなければいけなかったのか、源泉について考察するようになった。
強く意識することで、日常にも、人に対しての意識が少し変わった気がした。
堕落した生活の中でも、珍しくハリのある精神状態を保っていた。保つことができていた。

以下にママの話しを紹介したい。
「女は、いろいろと厳しい経験をしたほうが良い女になるのよ!!奥菜恵を見てみなさい、夏目未久を見なさい、
。ちなみに私も一回離婚してるのよ。」

「1流のものをつけていると、1流の思考になるのよ。(チラッと、フランク・ミュラーの時計をアピール」

「タバコを吸う男はダメ、安い酒ばっかり呑む男はダメ!!」

「男のフリーター何て論外。税金をまともに払ってから、1人前にモノを言いなさい」

稚拙な文章力のせいで伝わりにくいが、実際はこれに輪をかけて酷いものだった。
ここから先は、ほとんど覚えていない。社長も切れていたらしいが、自分は切れてママに絡みまくっていたらしい。絡み酒など生まれて始めてだ。覚えておきたかった。テープレコーダーに撮っておきたかった。

特に、論点はズレるが、夏目未久は芸能界の最後の大物だ!!fフライデー事件の後の、あの達観具合を見ろ!勿論俺には手は届かないがな。
タバコくらい好きに吸わせろ!!安い酒を飲んで何が悪いんだ、安くても旨い酒を見つけるのが楽しいんだろ!!
と、後から聞けば自殺モノのカッコ悪いことを大声で話していたらしい。

店を出る時、ヨコに着いてくれていた韓国人の女の子の目線が痛々しかった。
”みずき”の会計は、15万円を超えていた。時計の針は、3時を周っている。なるほど、こういう心境で電話をかけてきたのか、とすべてを理解した。

収まり切らない自分は、広報をさせてもらっている店に行き、朝の7時まで店長に絡みまくっていたらしい。
店長から、次の日に来た「昨日はお疲れ様でした」というメールはまだ返せていない。

今回学んだことは、年齢も年齢なので自分の行動と発言には責任を持たないとすべて返ってくるということ。
前日まで、「理論と感情のバランスは、8:2がベストで、川上未映子とか上手いよねー、そのバランスが」
などと、あたかも自分が達観しているような口調で嘯いていたことを思い出し、大赤面。
今日からは、水割りの割り方を、水多めと釘を指してから注文しようと思う。
  1. 2013/03/02(土) 21:01:36|
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